2010年9月 9日
カンボジアの中学校養成校(RTTC)にて、小学校の教員を対象とした研修会が8月2日より行われている。
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2010年9月 6日
カンボジアの子どもたちは、よく働く。
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2010年9月 2日
バナナは、一般的には市場で売られている。
カンボジアの首都プノンペンでは、朝だけ路上にバナナ売りが登場する。
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2010年8月30日
カンボジアには、かなり多くの水上生活者がいる。
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2010年8月26日
プノンペンの朝の公園に、時々おもらいイヌが出現する。
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2010年8月23日
CIESFカンボジアオフィスでは2010年の8月1日付けで新しいカンボジア人スタッフ2名を迎えました。
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2010年8月19日
CIESFカンボジアオフィスでは2010年の8月1日付けで新しいカンボジア人スタッフ2名を迎えました。
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2010年8月16日
メコン川には、メコンオオナマズと呼ばれるナマズが棲んでいる。
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2010年8月12日
カンボジアにも日本と同じような煎餅がある。
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2010年8月 9日
カンボジアという国は、娯楽の少ない国である。
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2010年8月 5日
カンボジアの季節は乾季と雨季の2つに分けられている。
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2010年7月26日
最近急激に拓けた地方に行った。
道路も舗装され、新しい家も多い。
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2010年7月21日
最近、プノンペンの街で気になるものを発見した。
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2010年7月19日
今回で3回目を数える教育アドバイザーミーティングが6月25日に行われた。
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2010年7月15日
カンボジアは農村大国であり、人口の70-80%が農業に従事している国である。
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2010年7月12日
州都バン・ルンーから車で山道を2時間ほどのところに、今回ご一緒させていただいた日本人の方が支援している小学校がある。
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2010年7月 8日
カンボジアの首都プノンペンは、一国の首都としては小さく、主要な場所だけを回れば、1日で見尽くしてしまえる程の規模だ。
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2010年7月 5日
州都バンルンから車で約10分のところに、ヤックロム湖がある。
カルデラ湖で、周囲が山に囲まれた静かな場所である。
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2010年7月 1日
「川を渡る」ことをクメール語で「チュローン トンレー」という。
「出産する」こともクメール語で「チュローン トンレー」という。
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2010年6月28日
ラタナキリは、東はベトナム、北はラオスに接する、カンボジアとしては北東の隅に当たる州である。
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2010年6月24日
最近、カンボジアの人々が夢中になっている「夢のある話」がある。
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2010年6月21日
カンボジアの中学校教員養成校では、校庭の真ん中で国旗掲揚が毎日行われている。
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2010年6月17日
プノンペンの中心部からベトナムに向かう国道1号線沿い数キロの場所に、大型総合病院の建設が着工された。
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2010年6月14日
ラタナキリを訪問した時に、二人の幼稚園の先生にお会いした。
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2010年6月10日
ラタナキリは、カンボジアの北東の隅を占める、面積が一番大きいといわれている州だ。
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2010年6月 7日
カンボジアは仏教国であり、いたる場所でお寺を中心にした村作りを行っている。
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2010年6月 3日
カンボジアのお葬式は、不思議なほど明るい雰囲気で執り行われる。
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2010年5月31日
プノンペンの街を歩くと、一応はゴミ収集場所がある。
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2010年5月27日
カンボジアのバイクは、人以外にも多くの物を載せて走る。
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2010年5月24日
プノンペン中心部から東側には、王宮をはじめ様々な官庁やレストランが建ち、その華やかな街並みは、プノンペンの豊かさを感じるに十分な場所である。
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2010年5月20日
プノンペンの街を見渡すと古い住宅も新しい住宅も点在している。
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2010年5月17日
祭日や土日などの日には、カンボジアの人々はお寺にお供え物を持って出かけていくことが多い。
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2010年5月13日
カンボジアの人々は、信仰する仏教とは別に、「ネアック・ター」と呼ばれる精霊崇拝を行っている。
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2010年5月10日
カンボジアの名物デザートといえば、「かぼちゃプリン」をおすすめしたい。
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2010年5月 6日
新たに3名の派遣教師の方々が2010年3月11日、カンボジアに到着した。
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2010年5月 3日
プノンペンの大通りシアヌーク通り沿いの高級住宅地のあるボンケンコン地区には、ラッキーマーケットという大型スーパーがある。
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2010年4月29日
仏師たちが作った仏像は、写真の様にお寺の本堂の脇に並べられている。
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2010年4月26日
勤めている高等師範大学の前に、ワットランカーと呼ばれる大きなお寺がある。
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2010年4月22日
4月になって、カンボジアの第2の都市、北西部のバッタンバンに行った。
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2010年4月19日
今年の雨季はやや早いのか、3月に一度、強い雨があった。
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2010年4月14日
カンボジアの正月は、仏教歴であるから、毎年4月になる。
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2010年4月12日
2月1日(月)に、4月中旬からカンボジアに来る派遣教師の先生4名に付いてもらう通訳採用試験を実施した。
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2010年4月 9日
カンボジアでは「ポンティアコーン」という、アヒルの有精卵たまごを茹でて食べる習慣がある。
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2010年4月 7日
カンボジアでは、体重計が一家に一台置かれていることはない。
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2010年4月 5日
写真は、スラム地域で見つけた車椅子だ。
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2010年4月 2日
プノンペンの街は、日が暮れるとネオンが輝く街へと変貌しつつある。
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2010年3月30日
カンボジアでも案山子は、田舎に行くと見ることが出来る。
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2010年3月22日
カンボジアにいたらどこにいても、必ず見つけることができる「Cambodian People's Party」と英語の書いてある看板。
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2010年3月19日
カンボジア東部の山岳地帯に“山の民”と呼ばれる少数民族「プノン族」がいる。
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2010年3月17日
カンボジアには忘年会という考え方や習慣は存在しない。
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2010年3月15日
プノンペンの街を見渡せば、様々な屋台や出店を見つけることが出来る。
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2010年3月12日
カンボジアの首都プノンペンから北西に約40kmのカンダール州に、カンボジアの旧首都(1618年~1866年)だったウドンという町がある。
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2010年3月10日
カンボジアの民家や食堂の軒先で、よく見かけるミニチュアの家を吊るした飾りのようなもの。
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2010年3月 8日
カンボジアの市民の交通手段は、自前のバイク、バイクタクシー、トゥクトゥク(三輪タクシー)が主流だ。
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2010年3月 5日
近年、プノンペンの街のあちらこちらで、流行のおしゃれなファッションが売りのブティックが続々とオープンしている。
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2010年3月 3日
日本の国土の大部分が山岳地帯であるのに比べて、カンボジアの国土はその大半が平地である。
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2010年3月 1日
日本から第三国を経由して、カンボジアに到着する飛行機は大抵の場合、夜の7時から12時頃までの間に到着することが多い。
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2010年2月26日
プノンペンでは、デザインTシャツを簡単に作ることができてしまう。
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2010年2月24日
カンボジアでは、ゴミが至るところに捨てられている。
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2010年2月22日
カンボジアのアンコール・ワットのあるシェムリアップの街には、「バー・ストリート」と呼ばれる通りが存在する。
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2010年2月19日
カンボジアでは、最近になって長距離夜行バスが登場した。
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2010年2月17日
太陽が西に傾く夕暮れ時、昼間の暑さや汗を洗い流してくれそうな爽やかな風がカンボジアを駆け巡る。
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2010年2月15日
カンボジア映画は、内戦前はかなりの本数が作られていたようだが、今となっては映画ブームが去り、衰退の道を辿っている。
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2010年2月12日
日本にいてカンボジアの様子や雰囲気を知ることは、なかなか難しいのが現状だ。
例えカンボジアに旅行に来ても、観光地だけを回っていたら、なかなか掴みきれないで帰ってしまう人も多い。
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2010年2月10日
プノンペンの街を飛び出して、農村地域の長閑な風景を眺めていると椰子砂糖の木を見つけることが出来る。
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2010年2月 8日
カンボジアでは、地方に限らず、公衆トイレというものがほとんど存在しない。
用を足したければ、建物の中に入るか、外でする以外に方法はない。
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2010年2月 5日
カンボジアはとにかく人々の活気に溢れた街だ。
それは、市場の喧騒や、朝夕の渋滞を見ると感じることが出来る。
そして、バスターミナルもそんな人々の活気に溢れた場所の中の一つだ。
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2010年2月 3日
甘いものが大好きなカンボジア人は、市場や道端の屋台でちょっと一休みしながら、甘味を食べる。
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2010年2月 1日
カンボジア好きや、カボチャ農家以外には、あまり知られていない「カボチャ」という名前の由来。
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2010年1月29日
人の集まるところに屋台や夜店が集まるのは、日本やカンボジアに限らず世界共通ではないだろうか。
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2010年1月27日
シェムリアップの中心部からプノンペンに向かって国道6号線沿いに約60kmの地点にアンコール時代から残る、橋があることはあまり知られていない。
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2010年1月25日
日本とカンボジアの違いは、たくさんあるように思う。
その中でも、人々の生命力というか、生きていく上で、すごく力強いものを持っている気がする。
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2010年1月22日
「あなたの月給はいくらですか?」と聞かれて、何の感情も湧かずに即答で答えられる人が何人ぐらいいるのだろうか。
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2010年1月19日
カンボジアと言えば、世界遺産のアンコール・ワットや学校不足、地雷の国というイメージは、日本人なら誰もが抱いているカンボジアという国のイメージだ。
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2010年1月15日
CIESFのカンボジア事務所は、プノンペンの師範大学の敷地内にあるのだが、この敷地内には付属でもないのに小学校も入っている。
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2010年1月14日
この国では、やたらと犬が多く都心であろうと農村であろうと全く関係ない。
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2010年1月13日
カンボジアでは近年、車の増加に伴いどの町でも車の洗車場を見つけることが出来る。
首都プノンペンには、一体いくつの洗車場があるのか想像が出来ない程だ。
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2010年1月11日
カンボジアの子ども達を見ていると、赤ちゃんの頃には親たちは必要以上にスキンシップをして、育てている姿をよく見かける。
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2010年1月11日
カンボジアに住んでいるとよく聞かれるのが、カンボジア料理とはどんな料理があるかという質問だ。
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2010年1月 8日
スタデーツアーの4日目に、プノンペンを出て田舎の町プレイベンに移動した。
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2010年1月 7日
スタデーツアーの2日目。12月2日の夕食は、CIESFカンボジア代表の篠原勝弘(9月まで日本特命全権大使)代表と会食をした。
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2010年1月 5日
スタデーツアーの第3日目。虐殺博物館の見学の後、ロシアンマーケット(カンボジア人は、トールトンポンマーケットと呼んでいる)を見学した。
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2010年1月 4日
プノンペンぐらいになると不動産屋を見かける機会があるが、基本的にはカンボジアの地方に行けば不動産屋なんてものは見当たらない。
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2009年12月28日
カンボジアの現在の混乱の原因を理解するのには、虐殺博物館は見なければならない場所である。
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2009年12月27日
スタデーツアーの第2日(12月1日)は、プノンペンの庶民の生活市場であるプサー(市場の意味)カンダールの見学から始めた。
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2009年12月25日
最近のカンボジアには、綺麗なオカマが増えてきた。
オカマっぽい仕草や話し方をする人間が比較的に多いこの国だが、オカマという存在は、以前まで綺麗な姿をしていなかった。
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2009年12月23日
最近、土・日曜日の夜はプノンペンの街で、賑わいを見せている場所がある。
プノンペンの東側、トンレサップ川近くに位置する土・日限定のナイト・マーケットである。
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2009年12月21日
カンボジアでは、TV番組の位置づけは、誰もが憧れる世界を映し、身近に感じられる娯楽である。
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2009年12月18日
先日、CIESFカンボジアオフィスの事務所があるプノンペンの師範大学NIE(National Institute of Education)の敷地内でカラオケのPVの撮影が行われていた。
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2009年12月16日
このカンボジアという国に住むと日本では出会うことのない問題に悩まされることが多い。
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2009年12月14日
CIESFでは、カンボジアに派遣する先生に、カンボジアの現状を知って頂くために、スタデーツアーの第2回目を実施した。
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2009年12月14日
プノンペンの道路では、毎日たくさんの大型車やバイクで溢れ、混雑しているのだが、混雑している道路に割って入り、道を切り開いていく車がある。
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2009年12月11日
カンボジアは、プノンペンでも地方都市でも、必ずコピー屋さんがある。
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2009年12月 9日
田舎だけに限らず、カンボジアという国には、首都プノンペンでさえ、一日中何もしない男たちがたくさんいる。
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2009年12月 7日
カンボジア人は川辺で夕涼みをするのが大好きである。
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2009年12月 4日
毎日、プノンペン市内の小学校の門の前には、登校時間と下校時間になると子ども達の送り迎えをするバイクや車を見ることが出来る。
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2009年12月 2日
ここプノンペンやアンコール・ワットの街シェムリアップでは、一般的な習慣としてチップがある。
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2009年11月30日
プノンペンでは学校が終わると子ども達が集まってくる子どもだけの場所がある。
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2009年11月27日
カンボジアでは孤児院と呼ばれる施設がたくさんある。
日本では孤児院という名称から2回改称して、現在の児童養護施設という名称なっているが、多くの人々にとっては、孤児院という言葉の方がイメージし易い。
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2009年11月25日
プノンペン市内に韓国資本の新しいTAXI会社が20台の車両で営業を始めたようだ。
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2009年11月23日
篠原カンボジアオフィース代表は、11月16日夕方の便で一時帰国した。
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2009年11月23日
カンボジアでは、両手のひらを顔や胸の前で合わせる合掌によって挨拶を行う。
これは相手に敬意を表している挨拶だ。
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2009年11月21日
日本からの派遣の先生たちに、プノンペンの次に指導して頂く、プレイベンのRTTC/PTTC(中学校・小学校教員養成所)の視察に出かけた。
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2009年11月20日
カンボジアの農村に行くと、かなり若いお嫁さんを多く見かける。
カンボジアの農村での女性の結婚適齢期は十代である。
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2009年11月18日
カンボジア人は、白くて丈夫な歯を持っている人が多い。
日本人と違い、小さい頃から硬いものでも噛み砕いて食べているから、日本人では噛み切れないような硬い食べ物も、問題ない。
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2009年11月16日
カンボジアの披露宴会場は、都会の場合、自宅前で行うのが一般的だ。
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2009年11月13日
農村では「スラーソー」と呼ばれる白濁色の米から作られる蒸留酒が飲まれている。
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2009年11月11日
カンボジア人は、大抵の場合は、細身だが、無駄のない引き締まった筋肉を持っている。
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2009年11月 9日
この国を歩く時、少なからず私たちの心を悩ませる問題がある。
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2009年11月 7日
カンボジア人で、米国の前大統領 Bush 氏の副補佐官(マイノリティ担当)を務めていた SICHAN SIV(シウ・シチャン) 氏がたまたまカンボジアに帰っており、11月4日夜に意見交換の場を持った。
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2009年11月 6日
今、カンボジアの電話網会社は、9社もある。
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2009年11月 4日
カンボジアの農村では牛や豚も鶏も昼間はみんな放し飼い。
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2009年11月 2日
カンボジアの農村部では、こどもたち(1歳~6歳ぐらい)は、日中は何も着ないで過ごす子どもが多い。
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2009年10月30日
カンボジアオフィースに新しい篠原代表(前カンボジア日本大使)を迎え、今月27日に、教育省をお訪れ、ピチャムナン長官、イムセティ大臣を訪問した。
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2009年10月30日
カンボジアの子どもはカメラが大好き。
仲良くなるとカメラで写真をたくさん撮ることになる。
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2009年10月28日
日本とカンボジアの警察官は、大きく違う。
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2009年10月26日
カンボジアの住宅では、日本の住宅と違い窓に必ず金属の鉄格子が設置されている。
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2009年10月23日
カンボジア教育支援基金国際のカンボジアオフィース代表に、前カンボジア特命全権大使、篠原勝弘氏が昨夜(10月22日)赴任した。
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2009年10月23日
「エッチャーイ、エッチャーイ」、「パフ、パフッ」プノンペンの住宅街に付き物の騒音の一つである。
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2009年10月21日
カンボジアの送電線は、全て地上に設置されている。
写真のように、プノンペン市内の街角には、多数の様々な電線が張り巡らされている。
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2009年10月19日
カンボジアには、伝統的に使われているクロマーという布があります。
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2009年10月16日
日本と比べて数は少ないが、プノンペン市内の大きな交差点には信号機の整備が進んでいる。
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2009年10月14日
カンボジアでは都市部も農村部も関係なく、歌と踊りが大好きだ。
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2009年10月12日
カンボジア人というのは、細かいことを気にしない性格でおおらかと言うことも出来るだろうし、図々しいと日本人的感覚から思ってしまうこともある。
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2009年10月 9日
カンボジア人にとっての人生の一大イベントと言えば、結婚式が挙げられる。
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2009年10月 7日
CIESFのカンボジアオフィースは、国立教育研究所(NIE:National Institute of Education) の一室にある。
ここは実質的には、日本の昔の高等師範学校に相当し、高等学校教員と小・中学校の教員養成所(師範学校)の先生になる人材の教育をしている。
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2009年10月 2日
新学期は、10月からのはずであるが、10月2日に入学試験が実施された。
この辺がカンボジアで、毎年新学期が遅れて始まる。
入試が済んでいないのだから、入学は当然もっと遅くなる。
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2009年9月29日
今年7月に始まった、経営実践学講座のパイロットコースが終了し、学生たちの発表会を行った。
開校する5つの大学と機関から、それぞれの学生と指導教官や学長が参加し、総勢60人を超えていた。
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2009年9月26日
カンボジア人の庶民の足は、バイクタクシーであるモトトップ。
彼らは実によく利用するし、多様な使い方をする。
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2009年9月22日
カンボジアの庶民の足は、何といっても「モトトップ」と呼ばれている、バイクタクシー。
あまりにも事故が多いものだから2年前ごろから、バイクの運転者には、ヘルメットが義務付けられた。
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2009年9月15日
毎朝散歩で会うイヌ。新聞をくわえて奮闘中。
遊んでいるわけではなく、ご主人の散歩について行って、新聞を買って貰うと、くわえて運ぶ。
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2009年9月 4日
カンボジアの子どもは、小さい時から良く働く。
都会に住む金持ちの子どもはそうでもないが、貧しい家庭の子どもたちは、良く手伝う。
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2009年8月27日
カンボジアは、当然ながら沢山の熱帯の果物がある。
写真は、ある朝買って来たバナナとパパイア。
パパイアは、1.5Kgあり、長さが24センチメートル、周囲が43センチメートル。
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2009年8月21日
カンボジアでは、いつでもハスの花が咲いている。
季節性は無く、水のあるところでは、いつでも咲く。
花の色は、ピンクが多く、時々白も見かける。
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2009年8月16日
スタデーツアーの最終日、バンティスレー遺跡を見学。
この遺跡は、赤いラテライトが美しいアンコール時代の遺跡である。
彫刻の堀も深く、その精緻さは群を抜いている。
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2009年8月12日
アンコールワットのあるシェムリアップは、東南アジアで一番大きいトンレサップ湖に近い街である。
プノンペンから、湖上をボートで行くルートもある。
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2009年8月 9日
カンボジアは、アンコールワット(12世紀前半の建築)で持っているようなところが有り、年間250万人ともいわれる観光客が訪れる。
そのほとんどがアンコールワットを見学するが、首都のプノンペンには、2-3割程度しか来ないと言う。
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2009年8月 3日
コンポンチャムの街から、シェムリアップに向かう道のコンポントムに、アンコール時代に作られた大きな橋がある。
最近遺跡に登録され、保護するために国道6号線が迂回したので、ほとんどの観光客は知らないで通過する。
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2009年7月28日
コンポンチャムの街は、メコン川の脇にあり、フランス時代に栄えた町で、ゴムやコショウなど様々な産物の集積地になっていた。
ここで集まられた産物は、メコンの流れに乗って運び出された。
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2009年7月25日
この春ようやく嘱託を修了した。
学校教育では、物事を良く観察し、その本質が何であるのかを、合っているか間違っているかは別としても、自分で考える姿勢を養うことが大切だ、との思いがあった。
だから、いわゆる受験指導一辺倒の学校教育にいつも違和感を感じ、自分の思いを実践できない環境にじっと耐えることからの開放感と、ようやく自分の趣味でも広げられるとの思いにワクワクとする春であった。
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2009年7月20日
カンボジアは、東インド会社時代からゴム園が盛んであった。
そもそも東インド会社は、コショウとゴムが主な目的であった。
現在でも、ゴム園はかなり残っている。
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2009年7月17日
プレイベンのPTTC(小学校教員養成所)の学生寮には、やや離れた場所に寮生のための炊事場が有った。
屋根が有り、周囲には壁はあるが、極めて簡単な作りで、日本では想像がつかない。
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2009年7月10日
カンボジアでは、氷を沢山使う。
もちろん電気冷蔵庫も普及してきているが、まだ庶民が使っているのは少ない。
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2009年7月 7日
カンボジアでは、実践的な教育がなされていない。
CIESFは、カンボジアの経済発展のためには、実践が身に着いた人材が必要であると痛感し「実践経営学講座」の開催を計画した。
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2009年7月 3日
地方の街、プレイベンの小学校教員養成所と中学校教員養成所を訪問した。
プレイベンは、面積が広い州ではないが、南北に長く、国道が東西に走っている。
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2009年6月27日
国道1号線でプノンペンからメコン川沿いに南下し、ネア・ルーンでメコン川をフェリーで渡った。
国道1号線は、プノンペンからベトナムのホーチミンに行く道路で、東南アジアの南廻廊になる道路である。
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2009年6月22日
虐殺博物館は、元高等学校の建物であるが、ポルポト時代(1975-1979)に政治犯の裁判所になり、その後収容所になり、多くの国民が殺された場所である。
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2009年6月19日
日本から来て頂く先生方に、カンボジアを理解して頂くために、スタデーツアーを行った。
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2009年6月16日
交通ルールが良く理解されていないので、カンボジアでは絶えず交通事故が起こる。
これはある朝、散歩をしていたら目の前で交通事故が起きた。
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2009年6月10日
カンボジアの庶民の足は、シクロとモト(バイクタクシー)。
写真の右に見えているのが、モトで、中央に見えている3輪自転車の人力車がシクロ。
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2009年6月 5日
カンボジアは、様々な点で教育の問題が起こっている。
カンボジア人による企業は少なく、いくつもの大学で経済学やマネージメントを教えているが、実践的なものはない。
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2009年6月 1日
プノンペンで働いているゾウさんが、毎朝出勤して行く。
働いている場所は、プノンペンの名前のもとになったと言われている、ワットプノン。
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2009年5月28日
パパイアを2つ貰った。1つで2-3kgくらいは有るであろうか。
カンボジアでは、未熟の硬いパパイアを食べる。
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2009年5月25日
カンボジアのベトナム寄りの山岳少数部族には、ゾウを使う技術を持った人たちがいる。
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2009年5月20日
カンボジアの首都プノンペンでは、最近路上生活者は見えるところから排除されているようだがまだかなりいる。あまり人目につかない公園の隅などに、居ることが多い。
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2009年5月18日
カンボジアは、稲作農業で、主食はコメ。
もちろん熱帯地方に多い長粒米(インディカ)。
短粒のジャポニカと異なり、粘りはなく、サラサラしている。
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2009年5月14日
カンボジアの市場に行くと、いろいろな卵を売っている。
写真では、団の中央に右から白い卵、褐色の卵、黒い卵、一段後ろにピンクの卵。
一般的には、生で食べる習慣はない。卵かけご飯にはならない。
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2009年5月11日
雨期が始まると、いろいろな木の花が咲き始める。この火炎樹もその一つ。
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2009年5月 4日
カンボジアの若者はなかなか親切だ。
年寄りを大切にする心は、しだいに戻ってきているように思われる。
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2009年4月29日
最近プノンペンではコンビニが流行っている。
数年前までは見かけなかったが、1店が出て成功すると、雨後のたけのこの様に増えるのがカンボジア流。
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2009年4月26日
カンボジアでも日本と同じ様に、干支を使っている。
中国からの影響であろう。
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2009年3月26日
朝の散歩のついでに、小さな市場に立ち寄ってみた。3月の終わりは、乾期が進み、野菜や果物が高くなってく る。
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2009年3月20日
カンボジア人は、遊ぶのが大好きだ。貯蓄するよりも、楽しむことに回してしまう傾向が有る。
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2009年2月20日
先週末のカンボジアのバレンタインデーは、男性が女性に花を贈る日になっている。
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2009年1月 3日
朝6時半ころ散歩に出ると、家の近くの子どもが、お母さんに朝食を食べさせてもらっている。
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2008年12月28日
散歩をしている公園に、ある朝、突然三味線弾きが現れた。
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2008年12月11日
朝散歩に歩くと、公園の脇にバナナ売りが居る事がある。
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2008年12月 7日
農家の裏に回って見ると、畑が耕されており、次の蒔きつけの準備が行われていた。
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2008年12月 5日
昨日久しぶりに、カンボジアの南の地域の農家を見学してきた。
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2008年12月 3日
半年ほど前になるが、地方の街プレイベンの小学校教員養成校に見学に出かけた。
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2008年11月30日
熱帯のマメ科の木には、夜になると葉を閉じて、眠るように見える木がある。
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