2010年8月20日
【教育アドバイザーの活動日誌⑫】1年を振り返って(その8)学生たち
化学準備室は物理、化学、生物と並んだ実験棟の物理実験室と化学実験室の間にあり、入り口は、化学実験室の後ろの壁にあるため、準備室には、一度化学実験室を通らなければ入れない。
2010年8月18日
【教育アドバイザーの活動日誌⑪】1年を振り返って(その7)クメール語(カンボジア語)
記憶とはいったい何なのだろう。
プラナリアの実験を引き合いに出すような難しい話は抜きにしても、記憶のメカニズムはいったいどうなっているのだろうと思う。
2010年8月11日
【教育アドバイザーの活動日誌⑨】1年を振り返って(その5)CIESFのこと
定年退職して、いざ自分の趣味でも広げようとしている時に、CIESFからの封書が届き、カンボジアに行ってみようと思ったのだが、このCIESFという団体がよくわからなかった。
2010年8月 6日
【教育アドバイザーの活動日誌⑧】1年を振り返って(その4)通訳
通訳というと、要人などの後ろに影のように付き添い、相手の言うことを耳元で即座に伝える、というテレビのニュースなどのシーンを思い浮かべる。
2010年7月28日
【教育アドバイザーの活動日誌⑥】1年を振り返って(その2)授業日数
一年間何気なく過ごしてきたが、中学校教員養成校(RTTC)ではかなり休みが多いように感じる。
今回は、休みを中心に、一年間を振り返ってみたい。
2010年7月23日
【教育アドバイザーの活動日誌⑤】1年を振り返って(その1)カンボジア生活の幕開け
今日、中学校教員養成校(RTTC)の一年間の授業が終わり、7月の学年末試験に向けての休みに入った。
2010年7月21日
第3回スタディーツアー 「スタディーツアーを終えて」
スタディーツアーを振り返ってみて、毎日が充実していたと感じる。
参加者の先生方が最も関心を抱いていた教員養成校の視察をはじめ、さまざまな視察地を巡るスタディーツアーは本当に良い出会いに恵まれていた。
2010年7月13日
第3回スタディーツアー(6日目) 「スタディーツアー最後の地」
2010年7月 2日
【教育アドバイザーの活動日誌④】 カンボジア行きを決断させたものは
友人たちが「すごい、すごい」「勇気がある! 」と言ってくれましたが、それ程大きな決断があったわけではありません。
でも、「行って、1ヶ月ももたなかったら、どうしよう! 」等と、未知数への不安は、大きかったです。
2010年6月30日
第3回スタディーツアー(3日目) 教員養成校視察 スタート
日本にいるだけでは、想像できなかったカンボジアの現状。
その現状を参加者の先生方が少しでも多く肌で感じていただけるなら、このツアーを準備した者として、この上ない喜びである。
2010年1月 5日
第2回スタディーツアー(4) ロシアンマーケット
スタデーツアーの第3日目。虐殺博物館の見学の後、ロシアンマーケット(カンボジア人は、トールトンポンマーケットと呼んでいる)を見学した。
2009年8月16日
第1回スタデーツアー(12) 締めくくりはスコール
スタデーツアーの最終日、バンティスレー遺跡を見学。
この遺跡は、赤いラテライトが美しいアンコール時代の遺跡である。
彫刻の堀も深く、その精緻さは群を抜いている。
2009年8月12日
第1回スタデーツアー(11) シェムリアップの変化
アンコールワットのあるシェムリアップは、東南アジアで一番大きいトンレサップ湖に近い街である。
プノンペンから、湖上をボートで行くルートもある。
2009年8月 9日
第1回スタデーツアー(10) アンコールワットの見学
カンボジアは、アンコールワット(12世紀前半の建築)で持っているようなところが有り、年間250万人ともいわれる観光客が訪れる。
そのほとんどがアンコールワットを見学するが、首都のプノンペンには、2-3割程度しか来ないと言う。
2009年8月 3日
第1回スタデーツアー(9) 王道の橋
コンポンチャムの街から、シェムリアップに向かう道のコンポントムに、アンコール時代に作られた大きな橋がある。
最近遺跡に登録され、保護するために国道6号線が迂回したので、ほとんどの観光客は知らないで通過する。
2009年7月28日
第1回スタデーツアー(8)
コンポンチャムの街は、メコン川の脇にあり、フランス時代に栄えた町で、ゴムやコショウなど様々な産物の集積地になっていた。
ここで集まられた産物は、メコンの流れに乗って運び出された。
2009年7月25日
第1回スタデーツアー(7)特別編ツアーの感想 溝口克彦先生
この春ようやく嘱託を修了した。
学校教育では、物事を良く観察し、その本質が何であるのかを、合っているか間違っているかは別としても、自分で考える姿勢を養うことが大切だ、との思いがあった。
だから、いわゆる受験指導一辺倒の学校教育にいつも違和感を感じ、自分の思いを実践できない環境にじっと耐えることからの開放感と、ようやく自分の趣味でも広げられるとの思いにワクワクとする春であった。
2009年7月20日
第1回スタデーツアー(6) ゴム園
カンボジアは、東インド会社時代からゴム園が盛んであった。
そもそも東インド会社は、コショウとゴムが主な目的であった。
現在でも、ゴム園はかなり残っている。
2009年7月17日
第1回スタデーツアー(5) 教員養成所の学生寮の調理室
プレイベンのPTTC(小学校教員養成所)の学生寮には、やや離れた場所に寮生のための炊事場が有った。
屋根が有り、周囲には壁はあるが、極めて簡単な作りで、日本では想像がつかない。
2009年7月 3日
第1回スタデーツアー(4) 教員養成所の学生寮
地方の街、プレイベンの小学校教員養成所と中学校教員養成所を訪問した。
プレイベンは、面積が広い州ではないが、南北に長く、国道が東西に走っている。
2009年6月27日
第1回スタデーツアー(3) メコン川をフェリーで渡る
国道1号線でプノンペンからメコン川沿いに南下し、ネア・ルーンでメコン川をフェリーで渡った。
国道1号線は、プノンペンからベトナムのホーチミンに行く道路で、東南アジアの南廻廊になる道路である。
2009年6月22日
第1回スタデーツアー(2)
虐殺博物館は、元高等学校の建物であるが、ポルポト時代(1975-1979)に政治犯の裁判所になり、その後収容所になり、多くの国民が殺された場所である。
2009年6月 1日
カンボジア滞在記 Part3
バスの中に差し込む大きな光に魅せられ外を見ると、巨大な高級ホテル群が私たちを出迎えてくれました。
カンボジアではバックパッカー用のゲストハウスが群雄割拠していると思っていたのですが、シェムリアップの入り口では高級ホテルが戦争を繰り広げていました。
東南アジアでも屈指の観光都市、シェムリアップ。
2009年5月12日
カンボジア滞在期 Part2
タイの首都バンコクからバスに揺られること5時間あまり。
私たちはタイとカンボジアの国境へたどり着きました。その名もポイペト。
タイの空港に着いたときは東京かと間違えるほどに近代化が進んでいて、正直ショックを隠しきれなかったのですが、農村をバスで通っても思ったよりは田舎ではないな、そう思いました。
固定観念とでも言うのでしょうか。
2009年4月21日
カンボジア滞在期 Part1
皆さんはカンボジアに対してどのようなイメージをお持ちでしょうか?
アンコール遺跡?貧困?熱帯?治安?
確かにどれもカンボジアでは考えられるべきものばかりです。
現在のカンボジアには多くの問題があります。
経済の発展によって、格差は徐々にひろがりを見せ、後発途上国の典型のような発展の仕方をしています。









